競馬は見ている分にはけっこうおもしろいです

競馬と言えば、見ている分にはけっこうおもしろいのではないでしょうか。私は競馬場には行ったことがありません。と言うか、パチンコとかでさえ行ったことはないのですが、賭け事と言えば、宝くじでさえ買ったことがないことに思い至りました。そういう人生が面白いのかどうかと言われれば、よく分からないです。しかし、賭け事と言うのはそんなに好きではないということは、たしかなのではないでしょうか。
近ごろ、競馬についての本をドゥルーズの研究者である桧垣さんが出しておりました。嵌ってしまったようなのですが、どうなのでしょうか。ドゥルーズに関する研究はけっこう進んでるようであり、國分氏の「ドゥルーズの哲学原理」とかで、一般人にもそれなりには彼の哲学が分かるようになったのではないでしょうか。それまでは宇野氏やら丹生谷氏やらの文体までドゥルーズを真似たものが出回っており、当然のことながら、その帰結として全くと言っていいほど意味の分からないものとして、止まっておりました。
しかしながら、今となっては、訳が分からないから意味があるのではないかというような進行は影をひそめてしまいましたから、理解可能な形で書かなければ、一般人には読んでもらえなくなったというのがあるのではないでしょうか。ですから、國分氏のような分かりやすいテクストが現れたのでしょう。
しかし、ドゥルーズとそのような賭け事とは、いかなる関係があるというのでしょうか。私にはよく分かりません。ドゥルーズの本はけっこう読んでいるのですが、正直なところ、一言一句分からないままに、ドイツの社会学者であるニコラス・ルーマンに移ってしまいました。ルーマンであれば、とりわけ初期であれば、そんなに訳が分からないというほどではありません。
ルーマンであれば、賭けといったものをそこから論じる余地はないでしょう。もちろん、偶発性というのは彼の根本的なタームではあるのですけれども。

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