競馬大好き

大人のレジャーとしてとても楽しめる競馬

 午前中から夕方まで1日中遊んでいられるレジャーとして私がお勧めしたいのは競馬です。

 馬がレースで走って1着を争い、その結果を当てるのが競馬の醍醐味ですが、1度のめり込んでしまうとなかなか抜け出すことができないくらい楽しいです。それは、馬がどう走るのか常に未知数だからです。

 競走馬は走るために生まれてきたわけで、レースで走ることにおいてとても優れた能力を有しています。また、プロの調教師がレースに向けて調整をしていき、プロの騎手が競走馬を操るわけですから、そんなに恥ずかしい結果にはそうそうなりません。ただ、どの競走馬もそうして鍛え抜かれているからこそ、差がつきにくく結果がどうなるのかわからないおもしろさがあります。

 レースは走る競走馬の能力によってクラスが決まっており、上位クラスになればなるほどその差はなくなってきます。そうなると、コースや距離によって結果がガラリと変わりますので、そこを真剣に予想して馬券を買うのが楽しくなってきます。

 また、予想が百発百中で当たるということはなく、適度にハズレるのもスパイスになっています。ハズレるのはもちろんとても悔しいですし、ハズレ続けていれば意欲もなくなってしまうのですが、適度に的中するからこそまた予想に取り組んでいこうという気持ちになります。その結果、気が付いたら毎週土日は競馬場で過ごしてたというくらいのめり込みます。

 お金を投じて馬券を買うわけですから、その節度を保つことは大切です。いくら万馬券が的中する可能性もあるとはいえ、次々とお金を突っ込んで生活費がなくなってしまったというのでは困ります。そうならないようにお金の配分だけはきちんと考えなければなりませんし、その管理は徹底して行わなければなりません。しかし、逆を言えばそれさえできていればとても楽しめる大人のレジャーですので、競馬は娯楽性がかなり高いといえます。ですので、趣味としてとてもお勧めできる魅力が競馬にはあります。

競馬は見ている分にはけっこうおもしろいです

競馬と言えば、見ている分にはけっこうおもしろいのではないでしょうか。私は競馬場には行ったことがありません。と言うか、パチンコとかでさえ行ったことはないのですが、賭け事と言えば、宝くじでさえ買ったことがないことに思い至りました。そういう人生が面白いのかどうかと言われれば、よく分からないです。しかし、賭け事と言うのはそんなに好きではないということは、たしかなのではないでしょうか。
近ごろ、競馬についての本をドゥルーズの研究者である桧垣さんが出しておりました。嵌ってしまったようなのですが、どうなのでしょうか。ドゥルーズに関する研究はけっこう進んでるようであり、國分氏の「ドゥルーズの哲学原理」とかで、一般人にもそれなりには彼の哲学が分かるようになったのではないでしょうか。それまでは宇野氏やら丹生谷氏やらの文体までドゥルーズを真似たものが出回っており、当然のことながら、その帰結として全くと言っていいほど意味の分からないものとして、止まっておりました。
しかしながら、今となっては、訳が分からないから意味があるのではないかというような進行は影をひそめてしまいましたから、理解可能な形で書かなければ、一般人には読んでもらえなくなったというのがあるのではないでしょうか。ですから、國分氏のような分かりやすいテクストが現れたのでしょう。
しかし、ドゥルーズとそのような賭け事とは、いかなる関係があるというのでしょうか。私にはよく分かりません。ドゥルーズの本はけっこう読んでいるのですが、正直なところ、一言一句分からないままに、ドイツの社会学者であるニコラス・ルーマンに移ってしまいました。ルーマンであれば、とりわけ初期であれば、そんなに訳が分からないというほどではありません。
ルーマンであれば、賭けといったものをそこから論じる余地はないでしょう。もちろん、偶発性というのは彼の根本的なタームではあるのですけれども。